東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1725号 判決
1 ところで、控訴人は、本件授業時間削減措置によってその教育権を侵害されたとして、本訴で国家賠償請求をするものである。
確かに、教育基本法第一〇条第一項は、教育は不当な支配に服することなく国民全体に対し直接に責任を負って行なわれるべきものである旨を定め、また、同法第六条第二項は、教員の身分は尊重され、その待遇の適正が期せられなければならない旨を定めている。しかし、これらの規定は、公教育における中立性の重要性並びに学校教育の実効を挙げるためには学校及び教員の創意、自発性が不可欠であることに鑑みて、国政その他の上で、学校及び教員の自主性が尊重されねばならないことを宣明したものであるにとどまり、教員個人に対し権利として自由を保障するものでもなければ、教員個人の私益を保護する趣旨のものでもなく、およそ控訴人の主張するような私権としての教育権なるものを観念する余地はない。
そして、学校長は、いわゆる校務分掌権を有し(学校教育法第二八条第三項参照)、教育課程、学級及び授業時間割を編成し、各教員に学級又は教科の担当を命ずるなどして、校務を分掌させることができるのであり、これを本件において問題となる授業時間割の編成についてみると、学校長は、各教員の能力や適性はもとより、その他の関係する一切の事情を考慮して、組織体としての当該学校における教育目的がより良く達成できるようにこれを決定すべきなのであって、必ずしも担当授業時間の各教員への平等配分を旨とすべきものでもなければ、各教員の同意又は了解を前提とすべき筋合のものでもない。また、学校長が授業時間割の編成を決するに当たって、いわゆる職員会議の議に付し又は職員会議がその案を作成するものとされている場合においても、それは、教員の志気を高揚させ自主性を助長させるための運用上の制度にほかならないのであって、学校長が職員会議の議決又はその作成にかかる案に拘束されるものではないことはいうまでもない。
このように、学校長は、授業時間割の編成の決定について極めて広汎な裁量権を有するのであって、学校長のした授業時間割の編成が違法であるということができるのは、学校長が右裁量権を濫用し又はその範囲を逸脱して、本来考慮に入れるべきでない事情を考慮するなどして、不当な目的をもって授業時間割を編成し、あるいは、著しく又は明らかに不合理な授業時間割の編成をしたような場合に限られ、それ以外の場合はすべて単なる当・不当の問題にすぎないものと解するのが相当である。そして、八田校長のした本件授業時間削減措置の違法を理由とする本件国家賠償請求訴訟にあって、裁判所としては、専ら八田校長のした右措置がその裁量権の濫用又は逸脱に当たるか否かを審究すべく、右措置が適切なものであるか否かの当・不当の問題に立ち入るべきものではない。
2 以上のような観点に立って、本件についてみるに、八田校長が本件授業時間削減措置を採つたのは、主として本件日誌をめぐっての控訴人の言動によって引き起こされた控訴人と生徒又は同僚教官との間における信頼関係の低下又は喪失あるいはそれへのおそれに対する配慮からであり、それによる教育上の悪影響を避けようとしてのものであることは、先に認定したとおりである。そして、右のような事情は、学校長が授業時間割の編成に当たって正当に考慮できる事項であることはいうまでもなく、また、右のような事情を考慮して決定された本件授業時間削減措置は、その内容において著しく又は明らかに不合理なものとはいえないから、そこに裁量権の濫用又は逸脱があるとすることはできない。
もっとも、控訴人が八田校長及び三名の教官を被告として前記のような内容の損害賠償請求の別訴を提起し、当時それが東京地方裁判所に係属中であったことは先に認定したとおりであるほか、《証拠》によれば、控訴人は、都立工専の教官の間には根深い対立ないし派閥抗争があって、控訴人ほか二、三名の教官が学校運営又は人事処遇上疎外された立場にあるとかねてから考え、これをめぐって控訴人と八田校長及び同僚教官との間において紛議が生じることがしばしばみられ、そのことは新聞報道等を通じて広く生徒や父兄の知るところとなっていたことを認めることができ、八田校長が、本件授業時間削減措置を採るにあたって、副次的にもせよ、これらの事実を考慮したであろうことは、容易に推認することができる。
もとより、自己の権利が侵害されたと考える場合、教官が学校長や同僚教官に対して訴えを提起すること自体は、なんら妨げられるものではない。しかし、そのような事態が教育の場にあってふさわしくないこともまた事実であり、とりわけそれが教官の間における対立ないし抗争を内容とするようなものであるときには、生徒に対して好ましくない影響を与えるであろうことを否定しえないところである。したがって、学校長としては、その訴えが十分な理由を持つものであると否とにかかわらず、授業時間割の編成に当たって、これらの事実をも考慮すべきことはむしろ当然であり、八田校長が本件授業時間削減措置を採るにあたって前記のような事情をも考慮したとしても、本来考慮に入れるべきでない事情を考慮して授業時間割の編成をしたということはできないし、八田校長が右別訴の提起に対する控訴人への報復措置として本件授業時間削減措置を採ったものであるとも認められないことも、先に認定したとおりである。
三 以上のとおりであるから、八田校長の採った本件授業時間削減措置は、その裁量権の濫用又は逸脱に当たる違法なものということはできないから、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であって、本件控訴は排斥を免れない。
(香川 越山 村上)